住宅には安全性が不可欠です。しかし、実際には家屋での事故は意外にあるもの。特に、お年寄りのような運動能力の低下した人にとっては大きな問題です。
そのため、住宅にはバリアフリーのアイテム設置が望まれます。壁付けの手摺りなどは、その代表格とも言えるでしょう。
しかし、手摺りに求められる条件などは意外に知られていないのではないでしょうか?
そこで、ここでは壁付け手摺りを取り上げて、設置目的と効果、そして要求品質を中心に物語形式で紹介します。
物語の背景
主人公は東京都内の50代の建材メーカー勤務のサラリーマン。家族は妻と子供2人。悩みは自宅の老朽化、妻と子供の反抗的態度、小遣いの少なさなど。
ちなみに、妻には東北地方の海沿いの街に住むお義母さんがいて、築50年の家に住んでいる。ここでの舞台はその築50年の家。お義母さんの安全性を考えて、壁に手摺りを付けようと考えているシーン。
さて、ある日のことだった。テレビで住宅のバリアフリーの番組をやっていたので、妻と一緒に見ていた。妻はお義母さんのことを心配してのこと。まぁ、築50年の家だ。バリアフリーの考えなんかこれっぽっちも無い家なんだろうから、気になるのも仕方ない。
そして、番組の最中に妻が切り出して来た。
「ねえ、ちょっと気になってるんだけど、実家って手摺りなんか付いてないわよね。」
「ああ、そうだな。だって昔の家だもん。手摺りを付けるなんて発想も無かったんだと思うよ。」
「けど、それじゃ、家が危険だってことにならない?」
「確かに安全性には欠けるよなぁ。」
「それじゃ、今度の休みに実家に行ってくれない? 手摺りについて話してみて欲しいの。」
……あーあ、また来たよ。嫁さんの実家は新幹線を使っても2時間以上かかる。また休みがパァだ。
「分かったわね!」
あーやだやだ。嫁さんのヒスが始まった。こいつが続くと3日は家が荒れる。仕方ねぇなあ。
「分かった。行ってみるよ。手摺りについて話して来る。」
……かくして、休みは丸つぶれ。日帰り東北出張が決まってしまった。
手摺りの目的と効果
そんな訳で東北の嫁さんの実家に来た訳なのだが、このお義母さんという人が意外と頑固。言い出したら聞かないタチである。手摺りの件を話したら、やはり噛みついてきやがった。
「手摺りだって?あたしゃ、それほどモウロクしてないよ。そんなの要らないよ!」
「まあまあお義母さん、聞いてください。手摺りって意外に重要なんですよ。」
「んじゃ、なんで手摺りを付けるんだい!教えてもらおうじゃないか!」
「分かりました。
転倒防止
「まず、手摺りを付ける目的ですね。これにはいくつか挙げられるんですが、まずは『転倒防止』でしょうね。」
「転倒防止だって? あたしゃ、廊下なんかじゃ転ばないよ。」
「まあ、そうかも知れませんが、手摺りがあれば転ぶリスクが下がるんです。仮に足を滑らせた時なんか、手摺りがあればそこで踏ん張れます。手摺りに体重を預ければ転ばなくて済むんです。しかし、手摺りがないと体重を預けることも出来ません。そのまま転んでしまいます。」
「まあ、確かにそういうことになるか。」
「そして、……お義母さんは違うかも知れませんが、お年寄りには骨が弱くなっている人が少なくありません。ちょっとした転倒が、意外な怪我に繋がることも少なくないんです。」
「まあ、確かにそれは聞く。」
「だから手摺りは転倒防止の目的があって、リスク低減の効果が期待できるんですよ。」
「……そうか。」
歩行補助
「次にあるのは『歩行補助』です。」
「なんだ、歩くのにも補助が必要っていうのかい? あたしゃ、まだまだ歩けるよ。」
「まぁまぁ、そう言わないでくださいよ。あくまでもお年寄りの一般論です。運動能力が落ちると、やはり何等かの手掛かりがあった方が良いわけです。」
「そんなもんかい?」
「お年寄りの中には身体の痛みを訴える人も少なくありません。そのような人には手摺りはあった方が便利なんですよ。」
「なるほど、そんなもんなのかね。」
誘導
「それから『誘導』という意味もあります。」
「誘導ってなんだい?」
「目的地まで安全に導く感じですね。」
「目的地なんか分かるんじゃないの?」
「いえ、時としてなんでしょうが、誘導を目的とする場合もあるんです。例えば、暗いところを歩く場合なんかが挙げられますよね。」
「暗いところか、なるほど。」
「あと、お年寄りには白内障なんかで視力が弱っている人もいますから、手摺りの『誘導』の意義は意外に大きいんです。」
「そうか、見えにくい人もいるか……」
手摺りに要求される品質
「ところで、それだけ重要な手摺りならば、いろんな点で良くなければいけないんじゃないか?」
「お義母さん、いい質問です。手摺りは一見すると棒を横にして付けているだけのように見えますが、意外と要求される性能があるんです。」
「例えば、どんなものがある?」
強度
「まずは強度です。さっきも言ったように、手摺りは体重を預けることも多いので、それに耐えるだけの強度が無ければいけません。」
「強度か、確かにな。」
「ただ、強度と言っても2つの意味があります。『破壊しないこと』と『たわみが小さいこと』です。」
「破壊しないことは分かるよ。よりかかって折れたら困るもんな。けど、たわみって言うとどうなんだい?」
「たわみが大きいと、よりかかった時に不安定になります。例えば、竹なんかはちょっとした力で『しなり』ますよね?」
「しなる……なるほど。」
「仮に、しなったならば、身体が不安定になって転倒リスクが出て来るんです。それでは良くありません。だから、たわみが出ないように作る必要があるんです。」
握りやすさ
「次に挙げられるのが『握りやすさ』です。手摺りは身体を預ける役割もあるのですが、第一に手で握らなければいけません。ですから、握りやすさがポイントになるんです。」
「握りやすさね。それなら分かるよ。」
「けど、握りやすさと言っても、意外に難しい面も持っています。というのも、手の大きさは人それぞれだからです。それを考えるならば、ある程度は細い方が良いのですが、あまり細くすると手摺りの強度が落ちてしまうんです。」
「強度と握りやすさのバランスか……なるほど、難しいもんだねぇ。」
手触り
「手摺りは手で直接触るので手触りにも留意が必要です。あまりにもガサガサだったりすると手に傷が付きそうな感じがして安心して握れません。また、表面が柔らかかったりすると握りにくくもなり得ます。」
「触感が良くないのは確かに嫌だわ。」
「ちなみに、手触りを考えるならば、使われる素材もある程度決まります。代表例は木や表面がプラスチックの素材なんかでしょうね。」
熱くならないこと
「室内ではあまり無いとも思うんですが、『熱くならないこと』も条件に入れた方が良いと思います。」
「熱くなるって言うと?」
「屋外の金属製の手摺りで結構見られる現象なんですが、直射日光の当たる場所では表面温度が上がるんです。ヤケドをするまで上がることは少ないかも知れませんが、あまりの熱さに手を放すかも知れません。そうなるとバランスを崩す可能性があり、危険です。」
「室内ではあまり無いとすると、どこがあるんだい?」
「例えば、玄関先にスロープを設ける時。お年寄りが手掛かりとして手摺りにつかまろうとしたら熱くて手を放してバランスを崩す……といった事態も可能性としては、あり得るんです。」
防滑
「防滑も欲しいですよね。仮に、体重を預けて、それで滑ってしまったら、やはりバランスを崩す可能性が出て来ます。そのまま転倒したならば危険です。」
「滑ったら危ないね。確かだわ。」
「ちなみに、住宅の場合は『水濡れ』を考えなければいけません。水で濡れてツルツルになるような手摺りは避けた方が安全です。」
耐候性
「耐候性も欲しいです。……耐候性がないと、日の当たる場所なんかでは変色したり、ひび割れをしたりし得るからです。」
「けど、住宅の屋内だったら問題無いんじゃないの?」
「いえ、窓辺についている手摺りなんかだとあり得ます。カーテンを付けていない窓なんかの周囲にある手摺りなんかには、日光が当たるところもあるでしょう。そうなると、その部分が良くありません。」
衣服に引っかからない構造
「衣服に引っかからない構造であることも大切です。特に、袖に引っかからない形状にすることが重要と言えます。」
「袖と言うと……握って歩いている時に袖を引っかけるとバランスを崩すことがあり得るのかね?」
「そうですね。バランスを崩すリスクもあるんですが、引っかかるとイライラもして来ます。精神衛生上もあまり良くないかも知れません。」
どんな手摺りがおすすめか?
「とすると、どんな手摺りが良いんだろうね?」
「残念ながら『ケースバイケース』と言わなければいけないでしょう。と言うのも、手摺りのメーカーも様々な用途の製品を出しているので、簡単には選べないからです。例えば、コストばかりに目が行ってしまうと、その場所に適さない手摺りを付けてしまうこともあるからです。」
「そうなると、やはり専門業者かね?」
「そうですね。専門業者がベターでしょう。……ちなみに、手摺りは構造が単純なのでDIYでも可能のように見えますが、あまりおすすめは出来ません。素人判断だと、適切な素材を選べないこともあるからです。」
「適さない素材って何がある?」
「細い素材を使おうとする場合が危険でしょうね。細いと握りは良くなるんですが、強度が落ちてしまいます。そのため、補強が必要なのですが、その補強手段が適切でない場合があり得るんです。その点、専門家はその部分まで勘案して提案してくれるので安心です。」
「なるほどねぇ。」
後日談
やれやれ、やっと手摺りの話は終わった。お義母さんは納得してくれた様子だったし、専門家に依頼してくれることだろう。一件落着。
「あんた!実家から電話が来ているわよ!」
……なんだ? 手摺りの話ならば終わったはずだぞ。なんだろ?
「はい、もしもし。……ええ、……そうですか。……分かりました。また伺います。」
「どうしたの? 電話の内容ってなんだったの?」
「お義母さん、あの後で専門業者に打合せに行ったんだって。そうしたら、ウチの会社の手摺りを提案されたそうだ。そうしたら『ウチの娘の旦那がその会社に居る』ってことになって、なんでか知らんけど、俺が施工に行くことになった。」
「あらあら、それは大変だわね。」
「そうなんだ。業者に頼むの施工費用が発生するけど、俺を使えばタダってことになったんだ。……またタダ働きだよ。」
「ま、仕方ないよ。頑張って来てね。」
……これで次の休みも丸つぶれ。しかも手摺りの工事なんてクタクタに疲れるぞ。毎度ながら……まいった。とほほ……。
おそまつ
手摺りについての追加情報
補助手摺りについてはJIS(日本産業規格)において規定があります。「福祉用具-固定型手摺り」(JIS T9282)というものです。
この規格は「福祉用具」とはなっていますが、適用範囲には病院などだけでなく「個人住宅」も入っています。ですから、住宅に手摺りを設置する場合の規格とも言えるでしょう。
ところで、このJIS規格を読んでいると手摺りの品質についての規定があるのですが、参考になるのが手摺りの強度と形状・寸法です。強度に関しては試験方法まで定めています。それを見ると、上から外力が加わった時の強度だけでなく、水平方向の強度も定めているので、手摺り選びの参考にもなるでしょう。
また、形状に関しても規定があるので、形状の検討をする時の参考資料としておすすめです。
ただし、このJIS規格を読むと「推奨」とまでしか書いていない場合もあります。例えば、握り部の形状・寸法では「その径は25㎜~45㎜を推奨寸法とする。」という表記に留まっています。「こうしなければいけない」というような規定ではないことを頭に入れておくことも必要となるでしょう。
参考資料
出典
JIS T9282 福祉用具−固定形手すり
https://kikakurui.com/t9/T9282-2018-01.html
